2008年10月12日

◆ ストリートビューによる犯罪

 ストリートビューの危険性を、よくわかっていない人が多いようだ。そこで、その危険性を指摘する。それはストリートビューによる犯罪だ。 ──

 ここで言う「犯罪」とは、「ストリートビューを使って、犯罪に利用する」という副次的な利用ではない。まさしく、「ストリートビューを使うこと自体が犯罪になる」というような主要な利用だ。
 それは、次のことだ。
 「ネット上で、誰かの住所をさらしものにして、『この住所に押し寄せてやれ』とあおる行為」


 こういうあおり行為は、2ちゃんねらーならば、結構やりそうだ。というのも、2ちゃんねる そのものが、犯罪行為の場であるからだ。
 このことは、すでに広く知られている。2ちゃんねるでは、個人の氏名が掲示されて、誹謗中傷がなされる。それが判明した時点で、実行者のIPアドレスを特定して、実行者を摘発すればいいはずだ。しかし、2ちゃんねるの首謀者であるひろゆきは、そのことを徹底的に拒否して、逃亡する。裁判に訴えられて、敗北して、多大な賠償支払いを命じられているのだが、財産を外国に逃避させて、賠償金支払いを免れる。……ま、徹底的な違法行為であり、悪質なネット犯罪者の典型だろう。

 ともあれ、2ちゃんねるというのは、こういうふうに「犯罪の場」となっている。とはいえ、ここまでは、おめこぼしもされるようだ。文字情報だけだからだ。(「テロとの戦い」とでも称して、ひろゆきを徹底的に懲らしめてもいいのだが。)
 さて。ここに Google のストリートビューというものが登場した。こうなると、個人情報としての住居の画像が周知のもとにさらされる。

 たとえば、想定される犯罪行為は、次のことだ。
 「恋人とのエッチ画像をパソコンに溜めておいた人がいる。すると、Winny とウィルスによって、その画像が広範に流布してしまう。そのあと、個人情報が mixi から漏れて、氏名や職業などの個人情報が2ちゃんねるにさらされる」(×××バーガー事件)
 「さらに、Google のストリートビューを利用して、その人の住所が周知の目にさらされる。その住居画像が、転載される形で、あちこちの匿名掲示板で公開される。」
 「さらに、それを見た人々が、その人の住居にわんさと押し寄せて、『この家の娘があの画像の人物だよ』と言って、みんなで家を指差す」

 こんなことになったら、当人は自殺しかねない。ほとんど殺人に近い犯罪だ。

 ──

 つまり、
  ・ 2ちゃんねる
  ・ Google ストリートビュー

 という複数の犯罪者が組み合わされると、人を殺すほどの威力を発揮する。

 そして、そのことは、あなたの身に降りかかるかもしれない。
 「ネットでこんなことを言っているあいつは気に食わないから、この住所に押しかけて、ぶっつぶしてやろう」
 とあおる連中が出かねない。ブログが炎上するだけでなく、当人の住所が炎上しかねない。文字通りの意味で。(放火されて。)

 そして、もしそうなっても、放火の幇助者は、逮捕されない。つまり、ひろゆきと Google 社長は、(幇助という)犯罪行為をしても、逮捕されない。なぜなら、日本国外にいるからだ。彼らは日本国外でたんまりと儲けている。

 そして、こういう悪党富豪にまんまと操られている阿呆が、「Google のストリートビューはすばらしい」と浮かれているのだ。「明日はわが身」とは思わずに。


( ※ 米国の住宅バブルでも、人々は当時は浮かれていた。日本のバブル破裂を見ても、他人事だと思って、「明日はわが身」とは思わなかった。そして、あるとき突然、バブル破裂が身に降りかかった。そして、そのときになってようやく、「明日はわが身」という言葉の真実に気づくのである。)




                           爆弾

 



( ※ 本項は別に、犯罪の仕方を教えているわけじゃありません。将来的に予想される犯罪を想定して、それを阻止するように警告しているのです。本項の話を読んで、「じゃ、これをやってやろう」と思わないように。……逮捕されたって、知りませんよ。逮捕を免れるのは、ひろゆきと Google の社長であって、あなたじゃありません。)






 [ 付記1 ]
 ついでだが、ストリートビューの画像を勝手に自分のブログに転載することもまた、違法になりうる。(著作権法違反という意味でなく、プライバシーの侵害。)
 実例は、これだ。
  → 池田信夫のブログ

 この人は、ストリートビューの画像を勝手に自分のブログに転載している。
 ま、単に画像を掲載するだけならば、たぶん合法だろうが、ここに住所氏名をつけて、場所と家主を特定する形にすれば、たちまち違法となる。(今回はそこまでは行かないが。)

 しかも、この人は、「 Google のストリートビューは違法ではない」と述べて、さんざん Google を擁護している。(その法律解釈はあまりにも支離滅裂だが。デタラメな法解釈の見本。)

 ま、法解釈はともかく、この人の論理がメチャクチャである。
 「上の画像はわが家の近所だが、確かに驚異的な細密さだ。私は意に介さないが、……」
 と述べているが、何を寝惚けたことを言っているんだか。
 この人が「意に介さない」のは、他人の家の住居画像でしょう。そりゃまあ、他人の家の住居画像が公開されたって、(他人への思いやりの欠けた人間ならば)「意に介さない」のは当然だ。エゴイストというのは そういうものだからだ。
 しかし、ここで論じているのは、「自分の家の住居画像が公開されるか否か」である。とすれば、この人は、他人の家の住居画像でなく、自分の家の住居画像を公開するべきだ。そうしてこそ、「意に介さない」と述べることができる。

 彼が本当に自説にこだわるのであれば、自宅の画像をネット上でどんどん公開するべきだ。また、自分が歩いている情景などを、学生などにどんどん撮影してもらって、どんどんネット上で公開してもらうべきだ。ついでに、家族の分も。(それで離婚されたって私の知ったこっちゃない。)

 さらには、2ちゃんねらーあたりも、彼の住居画像を、匿名掲示板にどんどん載せ …… なんて書くと、私が「あおり行為」で逮捕されかねないから、そんなことは推奨しません。私としては、「そんなことはやってはいけません」と述べます。
 しかし、彼自身は、喜んで「そんなことはやってくれ」と述べるでしょうね。自分のブログで、その旨を主張しているのだから。(あろうことか、著作権まで否定している。)

 とすれば、本項で述べた覗き見ふうの犯罪行為も、上記の人に対してなす限りは、犯罪にならないかもしれない。「本人の許容したことをやっただけだよ」という弁明が成立するかもしれない。

( ※ ただし、合法性は保証しません。私は犯罪の推奨はしません。)
( ※ ついでだが、彼の住所は、大学の学内名簿などに掲載されている。それを知った不心得者が、彼の住所を公開して、Google のストリートビューでさらしものにするかもしれない。それでもいいんですかね? やはり「わが身をつねって人の痛さを知れ」ということでしょう。)
( ※ なお、本項の [ 付記 ] は、彼が犯罪行為を戒めるようになったら、削除される予定です。別に、彼をいじめたいわけじゃないので。ただし、彼が犯罪行為を推奨している限り、本項の [ 付記 ] は掲載されます。私は犯罪者の敵なので。)

 [ 付記2 ]
 Google のような会社が一括して画像を公開するのではなく、個人がブログなどで単一の画像を公開するときには、個人情報保護法ではなく、プライバシー関係の法が適用される。
 ここでは、プライバシーの権利は常識的に認められる。

 ただ、ここを勘違いしている人も多いようなので、一つ例示しておこう。
 「違法性、正当性の評価というのは、簡単に言えば、それが社会にもたらす利益と不利益の比較で決められる。」
  ( → 該当ブログ
 こんなことはありえない。憲法は、個人の権利を尊重している。たとえ「社会のため」であろうと、個人の権利を侵害することは許されない。これは「基本的人権」として認められているのだ。まずは、この「人権」というイロハから理解しよう。

 その上で、法解釈については、最高裁の判例に従うといい。
   → 最高裁の判例
 これからもわかるように、次の判例文がある。
 「このような個人情報についても,本人が,自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり,そのことへの期待は保護されるべきものであるから,本件個人情報は,上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。」

 プライバシー保護の権利は、法的に認められる。それがすでに確立している。とすれば、それがストリートビューにどう反映するかは、常識的に考えていいだろう。
 どこかの誰かみたいに、「プライバシー権なんて認められない」なんていうメチャクチャな主張は、日本の法曹では否定されているのだ。そのことを理解しよう。

  [ 付記3 ]
 わかりやすく言うと、Google のやっていることの犯罪性は、スケベ男が女のスカートの下に手鏡を置いて、こっそり覗き見するようなものだ。
 どっちにしたって、被害者の側からすれば、覗き見された気持ち悪さがある。手鏡であれ、Google のカメラであれ、その気持ち悪さは同様だ。
 ただし、被害者でなく加害者の立場からすると、事情は異なる。スケベ男は、自分がけしからんことをしているのを、自覚している。だから、見つかったら、さっさと逃げようとする。
 一方、Google は、自分がけしからんことをしているのを、自覚していない。むしろ、自己を正当化し、強弁する。

 なぜか? そこに「情報」という言葉をふりかけて、「情報を扱うのは良いことだ」と見せかけるからだ。
 つまり、おのれの犯罪を善行と見せかける。人々をだます。そのために、「情報」という言葉が使われる。「情報」という言葉さえ使えば、犯罪さえ善行に見せかけることができるからだ。
 今の人々は、「情報」という言葉に弱い。「自分は頭がいい」と自惚れている人ほど、「情報」という言葉にあっさりたぶらかされる。悪賢い Google は それをまんまと利用する。(本当は痴漢みたいなことをしているのだが。
                        目   

 ともあれ、あなたも「情報」という言葉に弱いでしょ?
 Google が「情報」という言葉を使ったとき、あなたは知らず知らず加害者の側に身を置いて、「それは良いことだ」と思いがちだ。しかし本当は、あなたは加害者の側でなく、被害者の側に身を置くべきなのだ。エゴイストにはならず、思いやりのある人間になるべきなのだ。(……もっとも、そうさせないのが、Google のずる賢いところだが。)



  【 追記 】
 Google のストリートビューは、短所ばかりではない。長所もある。たとえば、これだ。
  → ボストンの住宅街
 これを見ると、米国の住宅事情がわかる。前庭ある家が延々と続いており、建物は平屋が多い。
 こういう普通の人々の生活は、日本にいてはなかなかわからない(せいぜい映画で知るぐらい)のだが、Google のストリートビューによって、容易に知ることができる。

 では、このようなことは、すばらしいことなのだろうか? あるいは、いけないこととして、禁じられるべきだろうか?
 私は次のように考える。
 「もしこれが、地名情報なしに画像だけ示されるのであれば、匿名の住所画像ということで、許容される。見た人も、漠然とどこかの米国人の住宅として見るだけであり、特定個人の住宅だとは思わないからだ。」
 「しかしながら、現実には、地名情報とともに提供される。そのことは、日本人には意味がないが、米国人には意味がある。その場を自動車で訪れることも可能だし、他の紳士録や電話番号情報などから個人を特定することも可能だ。こうなると、その画像は、漠然とどこかの米国人の住宅として見るだけでなく、特定個人の住宅だとして理解されるようになる。……これは問題だ。」

 要するに、画像だけで情報提供されることと、画像と地名とがセットで情報提供されることとは、まったく異なることだ。ここに Google のストリートビューの問題点が典型的に現れている、と理解できる。



 [ 余談 ] ( 2008-10-21 )
 本項では「人権」という言葉を使った。そのことに対して、違和感を覚える人が多いようだ。そこで、解説しておこう。
 人権という概念は、理系の用語ではない。純粋に文系の用語だ。だから、理系の人には、最も理解しにくい概念である。
( ※ 普通の客観的な法律用語と違って、抽象性が非常に高い。具体的な法令条文よりも、憲法から感覚的に導き出されることが多い。理系の感覚には合わないだろう。文学部の人ならば「直感だけで済むから楽だな」と思うかも。  (^^); )

 具体的に例示しよう。次のようなものには人権はない。
  ・ 会社
  ・ コンピュータ
  ・ 涼宮ハルヒ

 これらのものは、何らかの形で客観的な存在物であり、機械や数字で測定することが可能だ。これらのものは人間ではないがゆえに、人権はない。
 では、人間は? 人間もまた、機械や数字で測定可能か? もしそう思ったとしたら、あなたは理系バカである。正しくは、こうだ。
 「人間というものは、機械や数字で測定されるものを越えたものだ。ただの客観的な物質ではなくて、心という見えないものを備えたものだ」

 機械や数字で測定されるのは死体も同然だが、生きた人間には機械や数字で測定されないものがある。それは、だ。
 数字で測定される「金」でもなく、壊れても金銭で賠償できる「コンピュータ」でもなく、他の何によっても代替できないものが、人間のだ。そして、それを尊重するために、「人権」という概念がある。
 逆に言えば、金銭や数字で測定できない「心」を扱う「人権」という概念は、理系の人には思考の範囲外になりやすいものだ。機械ばかりを扱って、人間が苦手になるようなものか。

 「人権」という概念は、「相手を尊重する」ということと、ほぼ同種のことだ。
 他人に対する優しさがあれば、自然に、「人権」というものを大切にする。いちいち「人権」という法律用語を使わなくても、他人に対する優しさが自然に身につくものだ。
 ただし、コンピュータばかりを扱っていたり、バーチャル世界の涼宮ハルヒみたいなのばかりを愛していたりすると、生身に人間への優しさが欠落してしまう。すると、人権感覚がなくなり、人権という概念そのものに馴染めなくなってしまう。

 とすれば、オタクのそろった Google に人権感覚がないのは、当然のことなのかもしれない。コンピュータと数字と金ばかりを愛して、生身の人間を愛せない連中が、他人への思いやりを身につけることができないのは、ある意味、当然なのかもしれない。



 ※ 以下は、読む必要はありません。


 [ 蛇足 ]

 前項のコメント欄で紹介したが、Google は「メールを出してから後悔しないためのソフト」という変なものを開発した。いかにも Google らしい。Google の社員は、夜中までせっせと働いたあげく、馬鹿なメールを書いて、そのあとで後悔するのだろう。いかにもオタク的。
 なかでも最悪なのは、こういうオタク傾向丸出しのソフトを開発して、それで得意になっていることだ。自分の気色悪さが理解できないらしい。
 相手の女からすれば、こんな男はまっぴら御免なのだが、Google の社員は、「僕の書いたメールがまずかったのかな?」と思うだけだろう。どうしようもないですね。そういうあんたのオタク傾向が気持ち悪いんだ、ということに気づかないようだ。

 [ 参考 ]

 オタクはモテない、ということを示しておこう。
   http://hidesama.tea-nifty.com/ippaso/2007/10/post_85b5.html
 この番組では、モテモテのはずの堂本剛が、秋葉ではしゃいでいるが、ゲストの美女が引きまくっている。
 いくらモテモテふうでも、オタクというのがバレれば、やはり嫌われますね。嫌われるというよりは、気色悪いと思われる。  (^^);




 【 関連項目 】
  → ストリートビューの盗撮画像
    ( 盗撮画像の実例多数 )


posted by 管理人 at 18:27| Comment(3) | Google | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本項は下記から移転しました。
  → http://openblog.meblog.biz/article/1266475.html

 ※ 古いコメントは、上記に記してあります。
Posted by 管理人 at 2008年11月04日 21:41
同感ですね。

google ストリートビューは、犯罪の下見に使われることがあると思います。空き巣に入りやすい家はどこかとか、逃げ道はどう確保するかなど、犯罪グループの変わりに Google が下見のための情報を提供しているだけですね。
Posted by スパイダー at 2008年11月24日 12:15
下見の件は、こちら。
   → Open ブログ 「ストリートビューと殺人」
http://openblog.meblog.biz/article/1313277.html
Posted by 管理人 at 2008年11月24日 14:07
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